がんぞうさんの台湾&グルメ紀行

東京らあめん青龍(上野)/青春の生姜の香り

小学校の頃の僕は、鉱石ラジオや電子ビックリ箱といったものを作る電気工作が趣味で、1ヶ月に数回は一人秋葉原へ赴くという、ちょっと変わった少年でした。

当時の秋葉原は、今のようなアニメなどのオタクなお店は皆無。弱電強電が入り混じった、まさに「電気街」でした。有名な秋月電子の店頭で高価なキットなどを眺めてはため息をつきつつ、千石電商に行って、お小遣いの範疇で抵抗器詰め合わせ(様々な抵抗値の抵抗器がゴチャっと入ったもの。茶黒橙銀・・・「金」が混じっていると嬉しかった)などを購入して喜んでいました。

中学生になると、自分で設計した回路図をもとに感光基板でオリジナルの電子機器を作るなど、秋葉原熱は更にエスカレートしていきました。そして、時折ではありましたが、「音キチクラブ」という喫茶店で氷までコーヒーで出来たアイスコーヒーを飲んだり、秋葉原駅横にあった「いすゞ(いすず)」というラーメン屋でラーメンを食べるというのも、秋葉原に通う重要な楽しみでした。

いすゞは、当時の秋葉原万世口(今の電気街口)改札を出て右方向、現在NEW DAYSが建っているところにありました。メニューはラーメン並と大盛の2種類のみ。カウンターしかない店内で食券を買い、「並!」などと発声しつつ食券を見せると麺を茹で始めます。

※画像はロケットニュースさんからお借りしました。

味は、濃い口醤油に生姜の香りがマッチして、あっさりながらとても美味しかったです。さらに毎週水曜日はサービスデー!並の値段で大盛が食べられるとあって、この日を狙ってくる方も多かったのか、水曜はいつも大混雑でした。

・・・しかし時代の流れなのか、秋葉原も電気街から徐々にオタク街へと変貌していき、それに合わせるように、いすゞも2000年頃に閉店してしまいました・・・。

ippそれから数年経ったある日、ふとしたことから「いすゞの関係者だった人が上野でラーメン屋をやっているらしい」という情報をネット上で見かけ、友人を誘って上野にある「東京らぁめん青龍」を訪ねてみました。

場所は上野駅から程近い、上野警察の向かい側あたり。ビルの奥まったところに店舗があるため、最初はなかなか見つけることが出来ず、周囲をウロウロしてしまいました。

ようやく入店して着席、醤油ラーメンを注文してドキドキしながら待っていると、程なくラーメンが到着。味わってみると、「いすゞ」のラーメンよりややあっさりしつつも、しっかりと生姜が効いた「いすゞ」を思い出させてくれる、実に素敵な味わいでした。

感動して親父さんに「秋葉原のいすゞにずっと通っていたんです」とお伝えすると、優しいまなざしで秋葉原時代からの経緯など、色々なお話しを聞かせて下さいました。

ippそんな青龍が近々閉店してしまうという話を先日友人から聞かされ、慌てて親父さんのところを訪ねてみたところ、確かに壁に閉店のお知らせが張り紙してありました。

  閉店のお知らせ

平素はひとかたならぬご愛顧を賜り厚くお礼申し上げます。
当店は五月十九日をもちまして閉店させていただくことになりました。
秋葉原にて三十年、上野の地で十年、通算四十年の長きにわたってご愛顧いただいてまいりましたが諸事情により
閉店のやむなきに至りました。長い間お引き立て真にありがとうございました。

  らあめん 青龍

ippipp

親父さんから閉店の理由を伺いましたが、至極残念な話です。ようやく巡り合えた青春の味が、またもや消え去ろうとしているのです・・・厳しい現実を突き付けられつつも、僕に出来ることは、ただ青龍の醤油ラーメンを味わうことくらいでした。

seiryu僕にとっては思い出バイアスが強すぎて客観的な評価が難しいところですが、あっさりとした醤油に生姜の香りがフワっとするサッパリしたスープに、中太の軽く縮れた麺がよく絡み、とても食べやすいラーメンだと思います。価格も1杯550円とリーズナブルなのも、サラリーマンには有難いところです。

閉店まであと10日・・・その味をしっかり記憶に刻み込むべく、あと何回か通おうと思います。

親父さん、四十年の長きに渡り美味しいラーメンをありがとうございました!
ご馳走様でした。

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